私は普段、フリーランスのグラフィックデザイナーをしながら、美術系の学校で講師として教壇に立っています。グラフィックデザインの授業を担当しているのですが、ここ数年、学生たちとの間で(あるいは講師陣の間で)毎度のように問題になるテーマがあります。
それが、「生成AI、特に画像生成AIとの付き合い方」です。
たとえば「クオリティの高いポスターデザインを作る」という課題を出したとします。今の時代、生成AIを駆使すれば、ものの5分もかからずにプロ級のビジュアルが画面の中に完成してしまいます。
耳にした話では、ある美大や専門学校では「課題への生成AIの使用を全面的に禁止している」ところもあるそうです。
果たして、美術系学校の課題で生成AIを使うことは、クリエイターの道を目指す上で本当に「邪道」なのでしょうか?
結論から言うと、私の授業では、学生が生成AIを何に使おうが、それが理由で採点をマイナスにすることは一切ありません。むしろ「パソコンを使っていいなら、AIを禁止すること自体に意味がない」とすら思っています。
生成AIでのデザイン実験記事👉️Illustratorの生成AI機能を使って色々なアイコンやピクトグラムを生成してみた/トイレ、車、人、地球、など
なぜ私がそう考えるのか。今回は、私が学生だった頃の「ある過渡期」の記憶を紐解きながら、これからのデザインのあり方についてお話しさせてください。
1. 「手描きこそが偉い」と思っていた、私の学生時代
このAIの議論に触れるたび、私は自分が学生だった頃のことを思い出します。
当時、世の中はまさに「Adobeソフトがデザイン現場に浸透していく過渡期」でした。
学生の立場でも、なんとか頑張ればMacやAdobeのソフトが買えるくらいに価格がこなれてきた時代。しかし、予備校で浪人生活を送り、毎日泥臭くデッサンや平面構成の練習を叩き込まれてきた私にとって、入学当初はこんな強固な認識がありました。
「PCで綺麗にデザインするよりも、手作業で美しい線を引けたり、絵の具を完璧にコントロールして平面構成を作れる方が、技術として圧倒的に偉い」
溝引き(定規とガラス棒を使って直線を引く技術)や、烏口(からすぐち)を研いでミリ単位の線を引く先輩たちの職人技を見ては、「これぞデザイナーの格好良さだ」と信じて疑わなかったのです。
しかし、学校の学年が上がるにつれて、授業ではIllustratorやPhotoshopを使うのが「当たり前」になっていきました。映像作品を作るとなればPremiereを起動する。
そうして気がつけば、卒業する頃には手描きで作品を作る機会なんて一切なくなっていました。
その後、デザイン会社に入社してからも、確かにラフスケッチをサラサラと手描きできるスキルは重宝されましたが、クライアントに納品する最終的なアウトプットは100%デジタル。あの頃必死に練習した手作業の職人技が、そのまま最終物になることはありませんでした。
これって、今の生成AIを巡る状況と何が違うのでしょうか。
2. 「PCはOKで、AIはNG」に感じる、論理的な違和感
おそらく、私がAdobeソフトと出会うもっと前。MacやAdobeがデザイン業界に誕生したばかりの黎明期にも、全く同じ議論があったはずです。
「コンピューターにデザインをさせるなんて、人間の感性を放棄している」
「ロットリングペンで綺麗な直線すら引けないやつが、デザイナーを名乗るな」
当時のベテラン勢からは、そんな拒絶や批判の声が溢れていたに違いありません。ですが今、世界はどうなっているでしょうか。PCを使わずに商業デザインをしている現場を探す方が難しいのが現実です。便利さを求める時代の大きな流れは、誰にも止められません。
さらに言えば、現代のAdobeソフトにはデフォルトで高性能な生成AI機能(Adobe Fireflyなど)が組み込まれています。Adobe自身がそれを目玉機能としてプッシュしているわけです。
ツールとしてパソコンの使用を許可しておきながら、「でもAIの機能は使うな」と制限をかけるのは、どうしても論理的に破綻しているように思えてなりません。
もし完全に制限する意図があるならば、「スマホもパソコンも一切禁止。鉛筆とポスターカラーだけで作りなさい」という、完全なアナログの縛りプレイにするべきです(その表現の筋肉を鍛える訓練なら、大いに意味があります)。ですが、デジタルツールを解禁しておきながらAIだけを悪者にするのは、少し時代錯誤ではないでしょうか。
3. AIが発展したら、デザイナーの仕事はなくなるのか?
「5分でプロ級のビジュアルが作れるなら、もうデザイナーなんていらないじゃないか」
そう不安に思う学生や、危機感を抱くクリエイターも多いと思います。
ですが、私はデザイナーの仕事はなくならないと確信しています。
なくなるのではなく、「デザイナーの仕事の質」が変化するのです。
これまでのデザインワークは、頭の中のアイデアを「形にする(制作する)」という作業プロセスに、膨大な時間と労力を割いていました。徹夜でレイアウトを調整したり、素材を合成したり……。
AIはその「制作にかかる時間」を劇的に短縮してくれます。つまり、ビジュアルを綺麗に整えること自体の価値はどんどん民主化され、誰でもできるようになっていく。
そうなった時、デザイナーの腕の差はどこでつくのか。それこそが、デザインの本来の目的である「課題解決の精度」です。
4. これからの時代に求められる「デザインの本当の力」
世界を見渡せば、地球温暖化、貧困、地域コミュニティの分断、あるいはもっと身近な企業の経営難まで、解決すべき問題が数多く溢れています。
これまでのデザイナーは、「課題を解決するためのアイデア(企画)」を考えても、それを「目に見える形(ビジュアル)」にするまでの制作フェーズで力尽きてしまうことが多々ありました。
しかし、制作の大部分を信頼できる相棒としてのAIに任せられるとしたらどうでしょう。
デザイナーは、その分あまった潤沢な時間と脳のリソースを、「そもそもこの課題の本質はどこにあるのか?」「どうすれば人の心が動き、社会が変わるのか?」という、最も重要で、最も人間らしい『思考と企画』のフェーズに注ぎ込むことができるようになります。
AIを積極的に、そして賢く活用することで、これからのデザイナーはこれまで以上に大きな社会課題に対して、デザインの本質的な力を発揮できるようになると私は信じています。
時代の過渡期には、いつでも古いルールと新しい便利さが衝突します。
だけど、私たちは過去に戻ることはできません。道具に振り回されるのではなく、新しい道具を誰よりも早く乗りこなし、それを使って「何を解決するか」を考える。
それこそが、これからを生きる若いクリエイターたちに、私が授業を通して一番伝えたいことなのです。
お読みいただき、ありがとうございました。
皆さんは、デザインの現場や教育におけるAIの活用について、どう思われますか?
よければコメントなどで意見を聞かせていただけると嬉しいです。


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