こんにちは。
今回は、町田その子さんの初のミステリー長編『月とアマリリス』を読んだので、その感想を忘れないうちに書き留めておこうと思います。
町田その子さんの作品といえば、濃厚な人間ドラマが魅力ですが、今作もミステリーという枠組みでありながら、凝ったトリックよりも「人間の内面の描き方」が非常に見ごたえのある作品でした。
※以下、物語の核心に触れるネタバレを含みますのでご注意ください。

人間味あふれる主人公の再生
本作の大きなテーマとなっているのが、「加害者としても、被害者としても搾取される女性たち」の姿です。
主人公・飯塚みちるの描き方がとても人間味にあふれていて、最初から完璧な人間として描かれていないところに深く共感しました。自分自身が過去に犯してしまった過ちから、もがきながらも丁寧に立ち直っていく様子が、本当にリアルに、そして丁寧に描かれています。
しかし、読み進める中で、私はあるひとつの「キャラクターの設定」に、少し引っかかりを覚えていました。
相棒・井口という存在への「小さな違和感」
それは、主人公のパートナー(相棒)として登場する、ゲイの男性・井口の設定です。
物語の前半、私は彼に対して「少し主人公に都合のいい舞台装置のようにも見えかねないな……」と感じていました。
身体が男性なので、車での送り迎えをしてくれたり、他の男性と対峙するときに舐められない状況を作ってくれたりする。それでいて、主人公に恋心を抱くことはなく、安全な距離にいてくれる。
「これは小説として、主人公を守るための少し都合のいいキャラクター設定なのだろうか?」
そんな考えが頭をよぎったのですが、物語の中盤、その認識を根底から覆される、ぶっちぎりで辛いシーンに出会うことになります。
悪意のない「残酷さ」が胸に刺さる
それが、井口が認知症の母親の元へ、主人公のみちるを連れて行ったシーンです。
そこで母親は、主人公を見てこう言います。
「お嫁さんを連れてきてくれてありがとう」
この一言が、本当に、言葉にできないほど残酷でした。
母親が元気だった頃、井口の性的指向(ゲイであること)についても理解を示してくれていた。その優しさがあったからこそ、井口は前向きに生きられていたというエピソードが事前に語られます。それなのに、認知症になった母親の口から出たのは、世間一般的な「息子の結婚」を望む言葉でした。
さらに、母親の「親戚のおばさんからもずっと、息子の結婚はまだかと言われてたのよ」という発言。これも本当にキツかったです。
私はここでハッとしました。井口は決して都合のいい記号的なキャラクターなんかではなく、彼もまた、世間体や親の期待といった「無自覚な圧」の中で、誰にも言えない痛みを抱えて生きている一人の人間だったのだと。
意図せずとも、誰かを傷つけながら生きている
本作『月とアマリリス』には、あからさまに悪意のある加害者も登場します。
しかし、この母親のシーンが教えてくれるのは、それとは全く違う種類の痛みです。
主人公をはじめ、私たち人間は、悪意がなかったとしても、意図せずして誰かを傷つけ、また傷つけられながら生きている。その綺麗事だけでは済まない人生のビターな部分を、町田その子さんは本当に容赦なく、かつ誠実に描いていました。
ミステリーの爽快感というよりは、ずっしりと心に残り、人間関係の機微について深く考えさせられる一冊です。町田その子さんの人間ドラマが好きな方には、ぜひ読んでみてほしいと思います。
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