「映画館から出てくる人がみんな、モヤっとした顔をしている——」
そんな気になる噂を耳にして、劇場へ足を運んできました。『映画ちいかわ 人魚の島の秘密』。
結論から言うと、本当に見終わったあと、最高にモヤっとした感覚に包まれました(笑)。
映画館の照明が点き、周りの観客を見渡すと、自分も含めて全員が同じ「余韻」を引きずった顔をしていて、なんだか逆に面白くなってしまったほどです。
今回は、日頃グラフィックデザインに携わるクリエイターとしての視点と、大のホラー映画好きとしての視点から、この映画がなぜこれほどまでに観る者の心を揺さぶるのか、その理由と見どころをじっくり紐解いていきます。
※ここから先は物語のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください!
圧倒的クオリティ!プロのデザイナーが震えた「映像美」
まず一言伝えたいのは、アニメーションとしてのクオリティが桁違いに凄まじいということです。
原作者・ナガノさんのシンプルかつ味わい深い線を一切崩さず、アニメーションとして豊かに動かす技術。昨年観た『鬼滅の刃』の圧倒的作画ともまた異なるベクトルで、日本アニメーションの最高峰のクリエイションを感じました。
普段、原作者ナガノさんのX(旧Twitter)連載や、1話1〜2分程度のTVアニメ版に親しんでいる身としては、120分弱という劇場版の尺そのものが非常に贅沢な体験です。
特にデザイナーとしてクリエイティビティを強く刺激されたのは、以下の2つの演出でした。
熱帯の湿度まで伝える「光」と「影」の表現
南国の光を感じるライティングの素晴らしさは勿論ですが、特に印象的だったのが、深い森の中に突如現れる「島次郎の貝汁カレー」の店のシーン。
木漏れ日の差し込み方や暗がりのコントラストが見事で、画面越しに熱帯特有の「もわっとした湿度の気配」まで漂ってくるような実在感がありました。絵自体はシンプルなのに、ライティングの力でこれほど空気感を再現できるのかと脱帽です。
MVのようなサイケデリックなビジュアル表現
劇中、うさぎのラップシーンなどで差し込まれる映像表現は、まるで先進的なミュージックビデオを観ているかのようなサイケデリックさ!
既存のアニメーションの枠にとらわれないグラフィック演出の引き出しの多さに、思わず身を乗り出してしまいました。
スマホの小さな画面を離れ、映画館の暗闇でこれほどリッチなビジュアル体験に没入できる時間は、最高のデジタルデトックスであり、クリエイターとしてのインスピレーションを大いに満たしてくれました。
序盤の楽園から一転。ホラー映画の黄金パターン
ストーリー展開の序盤は、まさに一癖あるホラー映画そのものです。
南国の島に到着し、現地の人々に温かく歓迎され、豊かな自然と美味しい料理を堪能する。観客も主人公たちと一緒に「最高のバカンス」を疑似体験します。
……しかし、最高の瞬間を作り出してから、一気に惨劇と絶望へ叩き込んでいく。
これは映画『ホステル』や『ミッドサマー』など、ホラー映画好きにはたまらない王道の展開です。日常の可愛らしさと、忍び寄る異様さのギャップの作り方が実に秀逸でした。
考察①:ハチワレの歌と『エヴァンゲリオン』との不穏な共通点
ネット上でも話題になっていた『エヴァンゲリオン』との共通点について。
ハチワレが劇中の冒頭や要所で口ずさむ「今日の日はさようなら(森山良子)」。
この歌の挿入タイミングがどこか唐突で、歌い方も切なく、独特の不穏さを醸し出しています。
映画好き、アニメ好きならここで思い出すのが『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』のトラウマシーンでしょう。
シンジの意思に反し、ダミープラグによって制御された初号機が、使徒に浸食された3号機(アスカ搭乗)を破壊していくあの場面。夕陽の中で流れる「今日の日はさようなら」の残酷なコントラストです。
今回の映画でも、ハチワレの歌声と、夜のオレンジ色の光が重なる演出があり、頭の中で『エヴァ』のあの不穏さがフラッシュバックしてゾクッとさせられました。明るい歌のはずなのに、これから取り返しのつかない惨劇が起きる予兆として機能しているのです。
考察②:ラストシーンの「善悪の不在」と戦争のメタファー
そして、観客全員を「モヤッ」とさせた最大の要因が、ラストシーンのビターな展開です。
ちいかわたちが船で島を去った後、人魚を食べて不老不死になった2人の島民は、セイレーンの「わかった」という言葉から、自分たちの犯行がすでにバレていることを察します。
エンドロール後、2人は新たな「無人島」にたどり着き、住処にできそうな洞窟を見つけて喜びます。しかし、カメラが引きのアングルになると、その無人島に向かって海を泳いでくるセイレーンたちの姿が映し出されて物語は終わります。
夏休みの子ども向けアニメ映画としては、あまりにも容赦のないラストです(笑)。
なぜ2人は無人島に向かったのか?
おそらく、自分たちが元の島に居続けたら、いつかまたセイレーンが襲来し、他の島民に迷惑をかけてしまうと考えたからでしょう。
この物語の構造を整理すると、こうなります。
- 突如島に現れ、住人から食料を奪うセイレーン
- セイレーンの過失で大切な友達を失った島民
- 友達を助けるため、人魚を攫って肉を食べさせ、共に不老不死になった島民
- 人魚の復讐のため、無関係な島民まで襲うセイレーン
- 復讐から逃れるため、外部協力者(ちいかわたち)を利用して撃退する島民……
ここに「絶対的な善」も「絶対的な悪」も存在しません。
お互いがそれぞれの「愛する者」や「正義」のために行動し、復讐の連鎖を生み出している。これはまさに、現実世界で起きている戦争や対立の構造そのものです。
観終わった後に残る「モヤモヤ」の正体は、この誰の立場にも感情移入できてしまい、単純なハッピーエンドとして割り切ることができない価値観の揺さぶりにあったのだと感じます。
さらに
改めて考えると、「今日の日はさようなら」の歌詞の始めの部分
いつまでも、絶えることなく
森山良子 今日の日はさようなら 歌詞 – 歌ネット https://www.uta-net.com/song/1614/
友達でいよう
これは、人魚を食べて不老不死になった2人の島民の事を表しているのかもしれませんね。
深い、、、。
まとめ:考察のしがいがある、一筋縄ではいかない傑作
可愛いキャラクターたちが織りなす、とびっきりのグラフィックと、現実のビターさを突きつけてくる重厚なストーリー。このギャップと「考察のしがい」こそが、『ちいかわ』という作品が大人まで魅了して離さない最大の理由です。
「ちいかわ」という作品が少しでも好きな人なら、絶対に映画館の大画面と音響で観て損はない一作だと思います!超おすすめです。
私自身、もう少し時間が経ったら、あの熱帯の空気感と複雑な余韻を味わいに、もう一度劇場へ足を運ぼうと思っています。

映画は原作コミックの何巻?
こんかいの映画、セイレーン編は原作コミックの8巻に収録されています。
私も一度読んでいますが改めて原作も読んでみようと思いました。



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