こんにちは、muhakaです。
私たちが普段、何気なく買っている商品や利用しているサービス。
「これ、すごく便利でお得だな」と感じるその裏には、緻密に計算されたビジネスの仕組みと、それを成立させるための「デザイン」の力が隠れています。
この新シリーズ「ヒットのカタチ」では、グラフィックデザイナーの視点から、日常に潜むマーケティングとデザインの面白い関係について紐解いていきたいと思います。
記念すべき第1回目のテーマは、男性なら誰もが一度は感じたことがあるであろう「あの違和感」についてです。
替刃を買うとき、「高っ!」と思いませんか?
私は普段、ヒゲを剃る時に、ドラッグストアで売っているようなT字カミソリを使っているのですが、時々ふと疑問に思うことがあります。
それは、「なぜ、替刃だけを買うとあんなに高いのか?」ということ。
立派なカミソリの「本体(しかも刃が最初から2個くらい付いている)」は1,000円台で手軽に買えるのに、いざ「替刃セット(4〜8個入り)」だけを買おうとすると、平気で3,000円〜4,000円ほどします。
「これなら、いっそ新しい本体ごと買い直した方が安いのでは……?」と、店頭でパッケージを裏返しながら悩んでしまうのは、私だけではないはずです。
実はこれ、ただの価格設定のミスやボッタクリではありません。
世界中の企業が採用している、超・王道のビジネスモデル(利益を生み出す仕組み)なのです。
消耗品で利益を出す「ジレットモデル」
この「本体を極端に安く(時には無料で)提供して、専用の消耗品を継続的に買ってもらうことで利益を回収する」ビジネスモデルは、別名「ジレットモデル(替刃モデル)」と呼ばれています。
1900年代初頭、アメリカのキング・キャンプ・ジレットが、世界初の「安全カミソリ(使い捨ての替刃式カミソリ)」を考案したことからこの名前がつきました。
マーケティングの専門用語では「キャプティブ・プロダクト・プライシング(従属製品の価格設定)」とも呼ばれます。
「タダで配りまくる」という伝説の大勝負
実はジレット社、最初は本体も高く売ろうとして苦戦していました。そこで創業者ジレットが打って出たのが、伝説とも言われる「本体の無料配布(ばら撒き)戦略」です。
彼は、銀行の新規口座開設のノベルティや、石鹸・タバコ・紅茶といった日常消費財の「おまけ」として、カミソリ本体を無料で大量に配りまくりました。さらに、アメリカ軍の兵士たちにも大量に無料配布したと言われています。
- 「タダでもらったから使ってみよう」と手にする
- 使ってみると、従来の刃研ぎが必要なカミソリより遥かに安全で使いやすい
- 刃が丸くなった時には、すでにジレットの快適さから抜け出せず、自腹で「替刃」を買うしかなくなる
「無料」という圧倒的な入り口で消費者の習慣を書き換え、その後に一生涯の顧客にしてしまう。まさにフリーミアムモデルの原点とも言える強烈なエピソードです。
💡 デザイナー視点のこぼれ話
ここで面白いのは、「タダで配るプロダクトだからこそ、デザインの高級感が重要だった」点です。
もし配られた本体が「安っぽいおもちゃ」のようだったら、人々は一度使って捨てていたでしょう。無料だからこそ、手に取った瞬間に「いいものをもらった」と感じさせる金属のズッシリ感や美しいフォルムが、継続利用(替刃の購入)への架け橋になったのです。
エプソンのプリンターも、実は同じ仕組み
私たちの身近なところにも、このモデルは溢れています。一番分かりやすいのが家庭用プリンターです。
家電量販店でエプソンやキヤノンなどのプリンターを買うとき、「スキャナーもWi-Fiもついてて、高画質なのにこんなに安いの!?」と驚きますよね。
しかし、いざ年賀状を印刷しようとしたり、仕事の資料を印刷していると、あっという間にインクが切れます。そして「純正インクカートリッジ」を買いに行って、その高さにまた驚くわけです。
これも完全にジレットモデルです。メーカーは本体を赤字覚悟の低価格で売り、後から定期的に必要になるインクでしっかりと利益を回収しています。
他にも、家庭用ゲーム機(ハードを安く売り、ソフトや課金で稼ぐ)や、電動歯ブラシなどもこの仕組みを採用しています。
仕組みを成立させる「デザイン」の罠
さて、ここからがデザイナーとしての視点です。
この「ジレットモデル」という巧妙なビジネスモデルですが、実はマーケティングの戦略(価格設定)だけでは成立しません。
ユーザーに「他社の安い消耗品」へ浮気させないための、「プロダクトデザイン」の力が不可欠なのです。
物理的な「ロック」をかける独自形状
カミソリもプリンターも、本体と消耗品(刃やインク)を繋ぐ「接合部」を思い出してみてください。
各メーカー、あるいは各モデルごとに、独自の複雑な形状(デザイン)になっていますよね。
もしここを、誰もが作れるような汎用的な形(真四角や丸)にしてしまうと、ユーザーはすぐに100円ショップや他社の安い替刃・インクを使ってしまいます。
だからこそ、「うちの本体には、うちの替刃しかカチッとハマらない」という物理的な構造を緻密にデザインし、特許を取得して他社を排除しているわけです。
「捨てたくない」と思わせる本体の質感
さらに重要なのが、本体のデザインです。
本体が安価であっても、いかにも「安っぽいプラスチック」に見えてしまっては、ユーザーは「刃が高くなったから本体ごと捨てて、別の安いメーカーに乗り換えよう」と思ってしまいます。
それを防ぐため、T字カミソリの本体は、安価でありながらも人間工学に基づいた美しい流線型のフォルムだったり、金属の重厚感や滑り止めのラバー素材を組み合わせたりして、「ずっと使い続けたい、所有欲を満たすカッコいいデザイン」に仕上げられています。
「本体に愛着を持たせること」こそが、ユーザーを自社のエコシステム(消耗品を買い続けるループ)に留まらせる最大のデザイン戦略なのです。
まとめ:見えざる連携を観察する面白さ
私たちが「本体が安くてお得だ!」と思って商品を手に取る時。
そこには、メーカー側の緻密なビジネスモデル(どう売るか)と、それを物理的につなぎ止め、愛着を湧かせるプロダクトデザイン(どう使わせ続けるか)が、美しく連携しています。
デザインとは、決して表面的な色や形を綺麗に飾ることだけではありません。
ビジネスの仕組み(マーケティング)というエンジンを、社会でスムーズに走らせるためのタイヤやハンドルのような役割を果たしているんですね。
次にドラッグストアや家電量販店に行った際は、ぜひ「この商品はどうやって利益を出しているんだろう?」「それをどんなデザインで補強しているんだろう?」という視点で観察してみてください。
日常のお買い物が、少しだけ面白くなるかもしれません。
それでは、また次回の見本帳で。
【参考・出典】
- ジレットの歴史|Gillette公式ホームページ
- フィリップ・コトラー等のマーケティング関連書籍における「キャプティブ・プロダクト・プライシング(Captive Product Pricing)」の事例より


コメント