[読書感想]「正体」 染井為人/逃亡する死刑囚の少年が様々な人物の心を動かす長編ドラマ

染井為人さんの小説「正体」をAudibleで読みました。
面白かった点とイマイチだった点をご紹介します。

あらすじ・解説

埼玉で二歳の子を含む一家三人を惨殺し、死刑判決を受けている少年死刑囚が脱獄した! 東京オリンピック施設の工事現場、スキー場の旅館の住み込みバイト、新興宗教の説教会、人手不足に喘ぐグループホーム……。様々な場所で潜伏生活を送りながら捜査の手を逃れ、必死に逃亡を続ける彼の目的は? その逃避行の日々とは? 映像化で話題沸騰の注目作!

Audible版 あらすじ・解説より

面白かった点

脱獄した死刑囚の少年が逃亡先で出会う様々な人たちと
人間関係を築いていくドラマ性

章ごとに別の小説かと思うくらいシーンが変わるのですが、逃亡している少年が色々な登場人物と交流を深めていく描写が面白かったです。
少年と関わる人達も、自分自身が抱えてる問題を、少年との関わりの中で解消していくようにも書かれていて、一人ひとりの綴るドラマが印象に残りました。

個人的には、最初の方の、元不良の少年の話と、編集者の女性とのエピソードが面白かったです。

イマイチだった点

少年の結末

結末のネタバレになるので、具体的書くのは避けますが、こうなるのかぁ…。と個人的には思ってしまいました。筆者も読者の意見を気にされていたようで、あとがきでフォローが入っていました。

少年がスーパーマンすぎる

死刑が決まっていて脱獄する時点ですごいですが、関わった人たちを救っていく様子や、頭の良さなども優秀に書かれすぎていて、スーパーマンすぎない?と思ってしまいました。

中盤でちょっとダレる

新しい舞台→新登場人物→トラブル→少年が解決
というテンプレートが分かってくるので中盤はちょっとダレました。

警察側のドラマももう少し描いて欲しかった

とてもクセの強い刑事さんが出ていたのですが、あまり掘り下げされていなくて残念でした。

まとめ

最終章で、これまで少年と関わった人が勢ぞろいするシーンは、かなりグッときました。
長い物語ですが、それぞれの章が独立したストーリーといった感じなので、読みやすいと思います。
WOWWOWで実写ドラマも放映されたようなので、機会があったら見てみたいと思います。

満足度

70点/100点満点中

書籍版

正体 (光文社文庫) Kindle版

[読書感想]「正欲」朝井リョウ/本当の多様性とは何か?正しさ、普通とは何か?を考えさせられる傑作長編小説!-あらすじ、登場人物、感想など

朝井リョウさんによる小説「正欲」をAudibleで読みました。
非常に面白かったです!

タイトルの「正欲」は
性的嗜好という意味での「性欲」

社会において自分が正しい側にいたいという「正(しくありたい)欲」
を組み合わせた言葉だと思います。

小説「正欲」の作品概要

自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな。

息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づく女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。

この世界で生きていくために、手を組みませんか。

Amazon.co.jp: 正欲(新潮文庫) 電子書籍: 朝井リョウ: Kindleストア

小説「正欲」のストーリーについて

複数の人物の視点で物語が展開されていきます。
始めはそれぞれの人生は一見関係なさそうなのですが、後半に進むにつれてストーリーが交差していきます。

小説「正欲」の登場人物

寺井啓喜

検事。妻と不登校の息子がいる。息子が小学校を不登校ながらYouTubeチャンネルを開始したのが悩みの種。

桐生夏月

地方のショッピングセンターの寝具売り場で店員として働く女性。学生時代、佐々木佳道と同級生だった。

佐々木佳道

独身の男性。学生時代、桐生夏月と同級生。両親の死をきっかけに実家に戻り、そこで桐生夏月と再会する。

諸橋大也

イケメン大学生。学内のダンスサークル「スペード」に所属している。

神戸八重子

大也と同じ大学に通う大学生。イベント「ダイバーシティフェス」の実行委員を通して大也と知り合い、彼に不思議な魅力を感じていく。男性が苦手。

寺井由美

寺井啓喜の妻。専業主婦。不登校の息子と日々の生活を送る。息子のYouTubeを手伝う。

寺井泰希

寺井啓喜の息子。小学校を不登校になり、同じく不登校の友達とともにYouTubeチャンネルを始める。

右近一将

不登校の子供を支援するNPOの若い男性。泰希のYouTubeの編集などを熱心にサポートする。

フジワラサトル

過去に、学校の水道の蛇口を盗み逮捕された男。動機について、「水が勢いよく吹き出すのを見る事が楽しかった」と語った。

小説「正欲」の作品テーマ

本当の多様性とは何か?を問う作品です。

小説「正欲」の感想

非常に面白かったです。正しいとは何か?普通とは何か?多様性とは何か?という問いについて、様々な登場人物の人生を通して考えさせてくれます。
私ははじめ、Amazonなどの紹介文として書かれていた以下の文章を見て、

「自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな。」

多様性やSDGsに対しての逆張りのような意見を述べている小説なのかな?と思い、すぐには聴こうとは思えませんでした。
しかし、朝井リョウさんの作品では「桐島、部活やめるってよ」を映画で観たことがあり、非常に面白い作品だと思ったので今作も信じて聴いてみようと思いました。

実際に聴き始めると、登場人物たちの物語の先が気になり、止まらなくなりました。

実際に起きた事件を参考にしているだろうな、と思われる描写も多く、リアリティがありました。
読む前に気になっていた紹介文に記載の言葉が出るシーンは物語のクライマックスなのですが、それまでの展開を読んでいるとこの発言をする理由がしっかりと理解できます。
また、言いっ放しではなく、このセリフを言われた人物からのアンサーもしっかりとあり、それも納得できます。

物語の重要な要素となる性欲の設定も、絶妙なラインを選んだなと、感心しました。

世の中には自分が想像できないくらい多様な人間がいるにも関わらず、正しさはある少ない種類の方向で決められている。
人は常に誰かに「正しい」と言ってもらいたい。
という事を強く認識させてくれる内容でした。

小説「正欲」の評価

95点/100点満点

長編ですがそれを感じさせない物語の運びです。
それぞれの人生が交差するクライマックスは圧巻でした。
Audibleのナレーションも、ナレーターの方を何人も使っていて非常に豪華で、オーディオブックというよりもオーディオドラマを聴いているようでした。

多様性について日頃から考えている方もそうでない方も、多くの方に読んでいただきたい傑作です!

小説「正欲」の書籍

正欲(新潮文庫) Kindle版

正欲(新潮文庫)

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朝井リョウ
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発売日: 2023/05/29
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「正欲」の実写映画

本作は実写映画が制作され2013年11月から公開されています。

予告動画を観たら映画も観たくなりました!

稲垣吾郎×新垣結衣『正欲』60秒予告

映画も観てみましたの感想の記事をこちらに書きました。原作が気に入った方にはおすすめです!

Header: Jonas KIMによるPixabayからの画像

[読書感想]「トランスジェンダー入門」周司あきら, 高井ゆと里(著)/総人口の1%以下。マイノリティの方々について学ぶ大切さ

LGBTQの「T」、トランスジェンダーについて考える機会があり、自分の知識があまりにも不足していたためにこちらの本を購入して読んでみました。

トランスジェンダー入門(集英社新書)

知らなかったこと、衝撃を受けることが多く、自分が如何に無知だったかをより痛感させられました。

本の概要

トランスジェンダーとはどのような人たちなのか。
性別を変えるには何をしなければならないのか。
トランスの人たちはどのような差別に苦しめられているのか。
そして、この社会には何が求められているのか。
これまで「LGBT」と一括りにされることが多かった「T=トランスジェンダー」について、さまざまなデータを用いて現状を明らかにすると共に、医療や法律をはじめその全体像をつかむことのできる、本邦初の入門書となる。
トランスジェンダーについて知りたい当事者およびその力になりたい人が、最初に手にしたい一冊。

Amazonより

読書感想

本書を読んだ感想を書いてみたいと思います。本は読みましたが、自分はまだまだ知識が足りないので、当事者の方にとって不快に思われる内容もあるかもしれません。

認識が間違っている箇所がありましたら、コメントなどでご指摘いただけますと幸いです。

まず、生まれた時に「割り当てられた性別」、そしてその「性別らしさ」を求められること。

自分のジェンダー・アイデンティティと求められる性別が異なることによる苦しみ。

そして、社会が如何に「男女」という2つの性別を基準に構成されているか、ということ。

就職活動の大変さ

学校、職場(就職活動)、住居探し、など、人生の重要な局面で、必ず男か女か、を問われます。

その際に、性別移行が済んでいないトランス女性は男性であることを強要され、

トランス男性は女性であることを強要されます。

日本は戸籍の変更の手続きも条件が厳しいため、自身のジェンダー・アイデンティティに沿った外見をしていても、戸籍の性別と異なると、就職活動などでは不利になってしまいます。

そこで説明すること自体が望まないカミングアウトにもなってしまいます。

性別移行手術の大変さ

本書では、身体の性別を移行する医学的な性別移行手術についても紹介されています。

私はその段階と手術の多さに非常に驚きました。

身体的、精神的に負担がかかるものもあり、信頼できる医療機関かどうかを慎重に選ぶ必要があります。

手術費についても高額になり、順番などによっては保険が適用されない場合もあるそうです。

就職面接などで、ジェンダー・アイデンティティと戸籍を一致させるために手術を受けたいにも関わらず、その高額な手術費がそもそも無いために、セックスワークに従事するトランス当事者の方も少なくないそうです。

マイノリティについて学ぶこと

本書によると、トランスジェンダーの方は、人口の0.4~0.7%という1%にも満たない人数だそうです。

マイノリティの方が生活の様々な場面でこれほど大変な思いをするということは、99%の側にいる自分には想像もつかないことでした。

親の理解を得られない、という事例も良くあるようで、自分を産み、育ててくれる親から自分のアイデンティティへの理解が得られない苦しみは相当なものだろうと感じます。

自分も、これから年齢を重ねるに連れて、何が起こるかわかりませんし、社会的/制度的にマイノリティの立場になることもあると思います。

そうなった時に、多数派だけが生きやすい社会にならないように、これからも様々な立場の方について、まずは理解を深めたいと思いました。

トランスジェンダー入門(集英社新書)

[読書感想]「新!店長がバカすぎて」書店員が織りなすドラマ!個々のキャラクターを深掘りした人気作の続編

早見和真さんによる、書店員のドタバタを描いた小説「店長がバカすぎて」の続編「新!店長がバカすぎて」が、Audibleに来ていたので聴きました。

前作を読んでみて、作品内で展開されるキャラクター同士の軽快なやり取りが気持ちよく、気軽に読める小説だったので、続編となる今作も読んでみました。

感想

基本的には、前作の延長線上にあるストーリーなので、前作が気に入った方には楽しめると思います。
私がこの作品が好きだと思うポイントは、やはり本屋さんを描いているところです。
自分も子供の頃から本や、本屋さんが好きでした。
ただ、本屋さんでバイトをしたり、就職の候補として検討したことは無かったので、この小説を読むと今更ながら、本屋さんへの憧れが生まれます。(作品にはその大変さも描かれていますが…..。)

前作で、本屋さんという職業の特性はかなり描いたからなのか、続編となる本作「新!店長がバカすぎて」では個々のキャラクターにより焦点が当たっている印象です。

十分面白いのですが、もう少し書店員というお仕事自体を描く割合が多い方が個人的には嬉しいかも、と思いました。

好みが分かれそうな点

また、好みが分かれそうな点として、前作も同様なのですが、タイトルや各章のタイトルにかならず、「〇〇がバカすぎて」という言葉が入ります。
どうしても、何かをバカにするフォーマットになるので、そこが引っかかる方もいるかも、とは思いました。

Audibleのナレーションは、作品の楽しさが伝わってくるので合っていると思います。

世界観などは好きなので、次回作も出たら読んでみたいと思います。

満足度:78点/100点

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新! 店長がバカすぎて Kindle版

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[読書感想]「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」ろう者の世界を描いた傑作、だが残念な点も

丸山 正樹さんによる小説「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」をAudibleで聴きました。

あらすじ・解説

今度は私があなたたちの“言葉”をおぼえる
仕事と結婚に失敗した荒井尚人。いまの恋人にも半ば心を閉ざしているが、やがて唯一の技能を活かして手話通訳士になる。
あるろう者の法廷通訳を引き受け、過去の事件に対峙することに。現在と過去、二つの事件の謎が交錯をはじめ……。
マイノリティの静かな叫びが胸を打つ、感動の社会派ミステリー。シリーズ通して読み継がれるロングセラーです。
©丸山 正樹 (P)2023 Audible, Inc.

https://www.audible.co.jp/pd/%E3%83%87%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%82%A4%E3%82%B9-%E6%B3%95%E5%BB%B7%E3%81%AE%E6%89%8B%E8%A9%B1%E9%80%9A%E8%A8%B3%E5%A3%AB-%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF/B0C9T9PLLV?action_code=ASSGB149080119000H&share_location=pdp

感想

(以下、内容ネタバレも含みます)

手話通訳士の主人公の視点から、ろう者の世界を描いた作品。
ろう者の世界の描き方だとても詳細で、私はこれまでほとんどこの世界を知らなかったので、非常に勉強になりました。
手話にもいくつかの種類があったり、ろう者の方が社会の中でどう生活しているか、ということも丁寧に描かれており、興味深く、止まらずに聴き進めました。

主人公の生まれ育った家庭環境や、現在直面している家族の問題など、作品の軸にあるコンセプトが「家族」である点は、共感がしやすかったです。

Audible版で良かった点

ナレーターの方が読み上げてくれるAudible版で良かったことは、ろう者が発するデフ・ヴォイスという言葉を、恐らく、実際に近い発声で読み上げてくれるところです。

文字だけの小説だと、デフ・ヴォイスの音は自分で想像するしか無いと思うので、Audibleで聴く読書をすることで、よりリアリティのある読書体験ができました。

ナレーションは非常に合っていたと思います。

残念だった点

以下はかなりのネタバレになってしまいますが、残念だった点。

ある事件をテーマにしているのですが、その事件のきっかけ、犯人の犯行の動機が「幼い頃に性的虐待を受けていた」ということです。
たまたま、この作品の前に読んでいた別の作品でも、全く同じ様な犯行動機だったので、自分の読書の問題もあるのですが

「またこの動機か….」

と思ってしまいました。

決して性的虐待を軽んじているわけではなく、

幼い頃に性的虐待を受けていた犯人→虐待加害者を殺害→犯人が全て悪かったわけではない

という展開が、ミステリーの犯行動機のよくあるパッケージの様になっていて、
手話やろう者の描き方の丁寧さと比べると、事件の展開は少し深みにかけると思ってしまいました。

犯人が女性だった点も、「冷蔵庫の女」的なストーリーラインと近い印象で、少し残念でした。

「冷蔵庫の女」とは、批評概念の一種で、男性キャラの成長のために彼女や妻、親しい女性が殺される事象を指す。もともとは1999年にアメコミファンのグループによって作られたウェブサイト上で、男性キャラの保護欲を刺激するためや、男性キャラのストーリーを前に進めるために、女性キャラの殺害、負傷、レイプが頻繁に使われてきたことを指摘したことに端を発している。

映画の中で都合よく殺される女性キャラ『冷蔵庫の女』について考える。なぜ、「女が」「死ぬ」? | ヨガジャーナルオンライン

無理に刑事事件ものにする必要はあったのか….。

ろうの世界の描き方は秀逸で、非常に勉強になる作品なので、知的好奇心を満足させてくれる小説です!

満足度:85点/100点

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