【読書感想】『バリ山行』|危険なのは山か社会か―バリエーションルートに魅せられた山男を描く【松永K三蔵】

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松永K三蔵さんによる芥川賞受賞小説『バリ山行』を読みました。感想をご紹介します。

本作は、“バリエーションルート”、通称「バリ」と呼ばれる、登山道として整備されていないルートに挑む主人公を描いた物語です。建設会社勤めの平凡なサラリーマンが次第に山の魅力に囚われ、登山にのめり込んでいく姿に引き込まれます。

魅力的だったポイント

山と町、どちらが危険か?

作中では主人公が仕事と山の危険性を比較する場面があり、読者に「どちらがより大きなリスクをはらんでいるのか」と問いかけます。職場の人間関係や仕事、家族からのプレッシャーと、山の自然環境が見せる脅威とを対比させる演出が深く考えさせられました。

不気味な山の先輩の存在感

バリ登山の先輩・妻鹿(めが)の描写が秀逸です。彼の私生活には謎が多く、言動の端々から漂う不穏さが物語全体に緊張感を与えています。

リアリティあふれる下山後の描写

下山直後、自宅で泥まみれの服を脱ぎ捨て、洗濯かごに放り込むシーンなどは、一字一句にまでこだわった筆致によって、汗や土の匂いを感じる描写になっていました。その臨場感に圧倒されました。

山に魅せられる心情の共感性

山登りの中毒性や、自然がもたらす開放感、達成感がリアルに伝わってきます。登山に夢中になる人の気持ちが手に取るようにわかり、共感を誘います。

令和版『孤高の人』の趣

山岳小説の名作『孤高の人』を思わせるストイックな雰囲気が漂いつつも、現代的な視点や家族との関係性が加わっている点が新鮮でした。

気になった点

家族の描写が物足りない

主人公を支える妻や家族の描写がそれほど深くないため、山に出かける際の背後にある感情的な葛藤や支え合いが感じづらく、物語における家族の重要性が薄く感じられました。

妻の設定にやや都合を感じる

主人公の妻は働きながら子育てをこなし、夫の山行をあまり咎めない寛容さを見せます。しかし、その寛大さが物語を進めるうえでの便宜的な設定にも思え、もう少し深い掘り下げがあっても良かったと感じます。

おすすめ度

8.0点(10点満点中)

全体を通して長すぎず、一気読みしやすいボリュームです。

自然描写や登山のリアルさをじっくり味わいたい方、身近に登山好きがいる方には特におすすめ。山の魅力と、人間社会でのドラマが複雑に交錯する一冊です。

Header: Marjon BestemanによるPixabayからの画像

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