教壇に立って10年以上が経ちました。自分が学生だった頃の「熱血指導」や「厳しい叱咤激励」をそのまま今の学生に投げかけるのは、もはや教育ではなく、ただの「リスク」になりかねない時代です。
現場での実感を踏まえ、特に気をつけるべきポイントを4つのカテゴリーでまとめました。
1. 「生存バイアス」全開の根性論
僕らの世代が通り抜けてきた「徹夜自慢」や「質より量」の価値観は、今の学生には通用しないどころか、心身を削るハラスメントと捉えられます。
- NG: 「俺が学生の頃は、一週間寝ずに制作したもんだよ」
- NG: 「これくらいの量で音を上げていたら、プロではやっていけない」
- なぜダメか: 時代背景も労働環境も変わりました。過去の苦労を美談にするのは、単なる「生存バイアス」の押し付けです。
- アップデート: 「どうすれば無理なく、かつクオリティを維持して完遂できるか、工程を一緒に見直そう」
2. 「親しみ」を履き違えたプライバシーへの侵入
コミュニケーションのつもりで発した一言が、相手にとっては踏み込まれたくない聖域であることがあります。
- NG: 「最近、プライベートでいいこと(恋愛など)あった?」
- NG: 「女の子なんだから、もっと華やかな色を使えばいいのに」
- なぜダメか: ライフスタイルやジェンダー、身体的特徴への言及は、たとえ褒め言葉であっても「マイクロアグレッション(無自覚な差別)」に繋がります。
- アップデート: 「この作品の色彩設計には、どんな意図を込めたの?」と、アウトプットそのものにフォーカスする。
3. 「講師という特権」に無自覚なイジり
教壇に立つ側と学生の間には、逃れられない「権力勾配(パワーバランス)」が存在します。講師の「軽い冗談」は、学生にとっては「逃げ場のない攻撃」になり得ます。
- NG: 「(クラス全員の前で)これ、何がしたいのか全然わからないんだけど(笑)」
- NG: 「センスがないね。向いてないんじゃない?」
- なぜダメか: 公衆の面前での否定は自尊心を折るだけで、成長を促しません。特にクリエイティブな分野では、作品への否定が人格否定に直結しがちです。
- アップデート: 「この表現をより多くの人に伝えるには、どの要素を削ぎ落とせばいいと思う?」
4. 講師自身の「正解」の押し付け
僕らが知っている「正解」は、あくまで「過去の成功例」の一つに過ぎません。
- NG: 「俺の言う通りに修正すれば、確実に良くなるから」
- NG: 「それは普通やらないよ。常識で考えなよ」
- なぜダメか: 講師が正解を決めすぎると、学生は「講師の顔色を伺うマシーン」になってしまいます。
- アップデート: 「僕はAという手法を知っているけど、君がやりたいBという手法を形にするにはどうすればいいか、一緒に考えよう」
むすびに:言葉を磨くことは、技術を磨くこと
私たちクリエイターが新しいソフトや技術を学ぶように、コミュニケーションのアップデートも必須科目です。
「昔は良かった」「今の若い子は……」と嘆くのは簡単ですが、変化を受け入れ、学生の感性に寄り添いながら伴走できる講師でありたい。言葉一つで、誰かの才能を咲かせることも、逆に摘んでしまうこともある。その責任の重さを、改めて噛み締めています。
この記事が、同じように教育の現場で葛藤している方のヒントになれば幸いです。
指導の際に参考になる本

教室内で行われる「適切でない指導」について丁寧に解説している本です。


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