最近、デザイン界隈のSNSが一段と賑やかですね。
話題の中心は、日本を代表する広告代理店・博報堂の新ロゴについて。
【ニュースリリース】
— 博報堂広報室 (@HakuhodoKoho) March 2, 2026
博報堂は、グループで使用するVI(ビジュアルアイデンティティ)を刷新し、4月1日より導入いたします。https://t.co/Ft2ntOGKWI pic.twitter.com/t2Hrw9mNOY
特にタイポグラフィの基本である「文字詰め(カーニング)」が定石を外れているとして、多くのデザイナーが声を上げています。中には「博報堂ともあろう会社がなぜ?」という戸惑いの声も。
現在、フリーランスのデザイナーとして実務に携わりつつ、学校で教える立場でもある私の視点から、今回の「騒動」について少し整理してみたいと思います。
なぜ、これほどまでに「怒る」人がいるのか
まず、なぜロゴデザインの変更はこれほど炎上しやすいのでしょうか。
タイポグラフィの世界は、長い歴史の中で積み上げられた「美しさのセオリー」があります。それは職人芸に近い領域でもあり、プロほどその微細な調整に心血を注ぎます。
また、ロゴは誰もが目にするもの。文字の間隔やベースラインのズレは可視化しやすく、専門知識がなくても「ここが変だ」と指摘しやすい、つまり「批評の解像度を上げやすい」という側面があります。
特に教える立場の人からすれば、「学生や部下に『博報堂のロゴがこうなんだから、これでいいですよね?』と聞かれたらどう答えるべきか」という切実なジレンマもあるはずです。
Togetterで見る、様々な方の意見
「わざとなのか!?」博報堂が新ロゴをリリースするもデザインを勉強した人からすると文字詰めの仕方が気持ち悪いらしい→違和感の残し方からデザイナーを推定する人も https://togetter.com/li/2671173 #Togetter
「文字」として見るか、「図形」として見るか
しかし、一度立ち止まって考えてみます。
博報堂のような大企業のブランディングには、膨大な数のプロフェッショナルが関わっています。そのプロセスで、タイポグラフィの基本を知る人間が一人もいなかった……というのは、現実的には考えにくい。
だとすれば、あの文字詰めは「意図的な違和感」ではないか、という仮説が立ちます。
- 既視感の打破: 基本に忠実な文字組は美しいですが、同時に「どこかで見たような優等生」になりがちです。
- 図形としてのリズム感: 文字を「読むための記号」ではなく、一つの「図形(パーツ)」として捉え、あえて均一なバランスを崩すことで独自の視覚的リズムを生み出そうとした。
デザイナーの真意は本人にしか分かりませんが、あえて「違和感」を残すことで人々の記憶にフックをかけ、今回のような議論(話題化)すらも計算の内に入れている……というのは、少し深読みが過ぎるでしょうか。
基本は「守る」ため、自由は「作る」ため
学校では、私は学生に徹底して「基本の文字組」を教えます。それは、読みやすさや美しさの最大公約数を知っておくことが、プロとしての土台になるからです。
しかし、実務においてその土台の上でどう振る舞うかは、最後は自由です。
デザインに絶対的な正解はありません。「汚い」と感じる人もいれば、「新しいリズム」と感じる人もいる。それがデザインの面白さでもあります。
斬新な表現は、常に「拒否感」を伴う
もう一つ、私が今回の件で感じているのは、「本当に斬新な表現は、初めは多くの人に拒否感を抱かれる」という歴史の教訓です。
デザインやアートの歴史を振り返れば、のちに「革命的」と称される表現の多くは、登場した瞬間には「美しくない」「基本がなっていない」と激しい拒否反応を浴びてきました。
人間には、見慣れた秩序を「正解」とし、そこから外れたものを「間違い」と判断する防衛本能があります。特にプロフェッショナルであればあるほど、自分が心血を注いできた「型」が否定されたような気持ちになり、強い拒否感を抱くのも無理はありません。
しかし、もし今回のロゴが、あえてその「心地よい秩序」を壊しにいっているのだとしたら。 その「ムズムズするような違和感」こそが、新しい時代の美学が産声を上げている時の「摩擦音」なのかもしれない。そう考えると、少しワクワクしてきませんか?
コラム:デザイン史に残る「物議を醸したロゴ・デザイン」5選
1. 1964年 東京オリンピック(亀倉雄策)
- 当時の反応: 「日の丸を置いただけ」「工夫がない」「これなら誰でも作れる」といった批判。
- デザインの本質: 戦後の日本の「再出発」と「力強さ」を世界に伝えるために、あえて装飾を排した極めてシンボリックな表現。
- 現在: 日本のデザインを世界水準に引き上げた伝説的な仕事として、批判の余地のない「正解」となっています。

2. 2012年 ロンドンオリンピック(Wolff Olins)
- 当時の反応: 「史上最悪のロゴ」「子供の落書き」「不快な形」と酷評され、数万人の反対署名運動まで起きました。
- デザインの本質: 従来の「静止した美しい紋章」ではなく、デジタルメディアで動くこと、若者が自由に改変できることを前提とした「不規則なグリッド」によるシステム。
- 現在: デジタル時代のダイナミックなアイデンティティ(動的なブランド展開)の先駆者として、デザイン史において高く評価されています。

3. 2021年 Xiaomi(シャオミ)の新ロゴ(原研哉)
- 当時の反応: 角丸をわずかに変えただけのデザインに対し、2億円とも噂されるデザイン料が報じられ、「詐欺だ」「どこが変わったのか」とネット上で大炎上しました。
- デザインの本質: 「Alive(生命感)」という概念を数学的数式(スクワークル)で導き出し、単なる形ではなく「企業の姿勢」をアップデートした提案。
- 現在: 表面的な「変化」ではなく、微細な調整によってブランドの「純度」を高める、高度なブランディングの好例として認知されています。

4. 2014年 Airbnb の「Bélo」(DesignStudio)
- 当時の反応: 発表時、そのシンボルマークが「卑猥な形に見える」「他社のロゴに似ている」とSNSで格好のネタにされ、揶揄されました。
- デザインの本質: 「People, Places, Love, Airbnb」という4つの要素を一つのストロークで描き、誰でも描ける「帰属のシンボル」を目指したもの。
- 現在: そのシンプルさと、SNS時代に愛される(あるいはイジられる)キャラクター性が奏功し、プラットフォームを象徴する強力なアイコンとして定着しました。

5. 1971年 Nike の「Swoosh」(Carolyn Davidson)
- 当時の反応: 創業者が大学の廊下で見かけた学生に、時給2ドルのアルバイトとして依頼。提出案に彼は「好きではないが、そのうち馴染むだろう」と妥協し、報酬はわずか35ドルでした。
- デザインの本質: 勝利の女神ニケの翼をイメージした、スピード感と躍動感を表す一筆書きのライン。
- 現在: 世界で最も価値あるロゴの一つ。後に彼女には多額の自社株が贈られ、デザインの真の価値が後から証明された伝説的な事例です。

歴史を振り返れば、偉大なデザインの多くは、登場した瞬間には『間違い』や『不快』として扱われてきました。今回の博報堂のロゴが放つ違和感も、こうした歴史的な摩擦の系譜にあるのかもしれません。
最後に思うこと
結局のところ、デザインに絶対的な正解はありません。「汚い」と感じる感性も、「新しい」と捉える視点も、どちらも尊重されるべきものです。
もちろん、他人の仕事に対してあーだこーだと言うのは楽しいですし、学びもあります。けれど、プロとして一番大切なのは、他人のデザインに目くじらを立てることではなく、そのエネルギーを自分の目の前にある仕事に注ぐことではないでしょうか。
基本を大切にしながら、その先にある「まだ誰も正解と言ってくれない表現」を模索する。 私も、他人のロゴを測る物差しを一度置いて、自分の打席で良いバットを振ることに集中したいと思います。
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